「エンジニアリング・マネージャー(以下、EM)が自分に務まるだろうか」
「専門性を尖らせていくか、マネジメント能力を磨くか迷っている」
誰もが悩む将来のキャリア。大切な選択だからこそ、その仕事についてしっかりと把握した上で、希望する道を歩みたいですよね。
しかし、EMなどマネジメント職の実態は、なかなか語られる機会がありません。
そこで今回は、EMを経てVPoE(Vice President of Engineering)補佐として活躍する中西さんと、2020年からEMを務めている中村さんに、EMの経験を通して見えた景色について伺いました。
EMになるまでの経緯や、失敗談、セルフマネジメント術など、いまEMをしている方や、これからEMを目指す方がキャリアの方向性の道筋を描きやすくなるようなお話を、フランクな言葉で語っていただきます。
中西 晶大(なかにし まさひろ)
大手ISPで3年間勤務した後、2014年に株式会社リブセンスにインフラエンジニアとして入社。
EMを経験したのち、サーバサイドエンジニア、SREエンジニア、スクラムマスターを経て、再度マネージャーとなる。その後、採用責任者などを経てVPoE補佐となり、様々なプロダクトやチームに関わる。
中村 愛美(なかむら まなみ)
新卒で独立系SIerに就職し、大手コンビニの基幹システムや店舗システムの要件定義~開発保守を2年間行う。2017年に株式会社リブセンスに入社し、転職口コミサイト「転職会議」の開発を行い、2020年より開発とスクラムマスターを兼業、2020年末からは同事業部のEMとなる。現場のマネジメントとともに全社におけるエンジニア採用もリードしている。
「EMをやってみたい」気持ちを声に出して伝えたことがキャリアの第一歩
ーリブセンスでEMとして活躍しているお二人ですが、キャリアのはじめからマネジメント職を目指していましたか?
中村さん: 最初はEMを目指していませんでした。
実はリブセンスに入った理由は、「新しい技術を使いたい、既存システムのイケてない部分を直したい」という気持ちが強くなったからです。前職の独立系SIerでは、小さな修正にもお客様の承認が必要なくらい合意形成のハードルが高く、新しい技術の導入をしたくても諦めることが多い環境でした。
新しい技術に関心があって、手を動かしていたいタイプのエンジニアだったんです。
中西さん: 僕も、キャリア形成とかはあまり考えていなかったですね。
前職は会社の規模が大きく、上司の指示や承認を必要とすることが多々ありました。もともと課題解決が好きなので、仮説検証・内省・もう1回チャレンジというサイクルを自己完結してみたくて、裁量をもって仕事ができそうなリブセンスに転職したんです。
中村 愛美さん
ーそこからどんな経緯でEMになったんですか?
中村さん: リブセンスに入社して2年くらい経ったころに、難易度の高いリリースを行い私達のチームが社内で表彰されたんです。その経験から、成果を出せるチーム作りに興味を持ちはじめたり、物事をうまく調整しながら進めるのが好きだと気づきました。
2年間の中で様々なチャレンジをさせてもらい自信が持てたことや、これまでの経験をチームや事業に還元したいという思いから、当時の上長だった中西さんに「EMになりたい」と伝えて、まずはスクラムマスターの機会をいただいたんです。それから1年ほどでEMになれました。
あのとき「やりたい」という気持ちをしっかり伝えてよかったなと思いますね。
中西さん: 確かに、意思を伝えるって大事ですよね。「将来的にこれをやりたい」って周囲に刷り込んでいくと、「この前やりたいと言ってたよね」と声をかけてもらえる。機会は待ってるだけじゃ来ないので。
僕もEMをやれるチャンスに、「やりたいです!できます!」と声を上げてマネージャー職に就いたので、自己主張の大切さはすごく感じています。
と、かっこいいこと言ってますが、当時は若さゆえの勢いだったので振り返るとうまくいったとは言えませんけどね…。「中西さんと仕事するのしんどい」とメンバーからフィードバックを受けたこともありました。
最初からうまくいくマネージャーなんていない
中村さん: 中西さんでもそんな経験があるんですね。私が知ってる中西さんのイメージって、メンバーそれぞれのコンディションに合わせてくれる感じだったので、ちょっと意外です。
中西さん: あの頃は高い目標を達成したいという意欲だけがある状態で、それを叶えるためのマネジメント方法を知らなかったといえばいいのかな。ポンコツですよ(笑)。
「プロなんだから高い目標を達成してあたりまえ!」と自分の思いをメンバーのみんなに押し付けてしまったんです。
仕事への熱量は一人ひとり違うということを理解していませんでした。その結果、熱量のギャップが広がり、メンバーがパフォーマンスを発揮しにくい状況の理解も解決できないまま、1回目のマネジメントのポジションは自分から降りました。
メンバーとしての立場で仕事をしながら、いろいろなマネージャー一人ひとりを観察して、「ああ、こういうやり方もあるのか」と学んでいきました。その過程で、自分の何がダメだったのかに気づけたことは、キャリアに大きな影響があったと思います。
ー大きな挫折のあとも地道に努力されたんですね。中村さんも失敗から学んだ経験はありますか?
中村さん: もちろんあります。自分が腹落ちしていない目標をメンバーに共有して、目標に対する解像度が低いまま走り出してしまったことがありました。
例えば、特定のページで良いUXを提供すれば滞在時間・PV数も上がり、Googleからの評価も上がるはずだという方針で、ざっくりした目標で施策を進めたところ、いつの間にかPV数や滞在時間にばかりこだわってしまう状況を引き起こしました。その結果、「この施策は的外れなのでは?」とメンバー内で議論が起こり、プロジェクトが前に進まない状態になってしまいました。
ー状態を測る指標が先行しちゃって、それに施策を当てにいってしまい本質的じゃないアクションが生まれそうになってしまったと。その状況はどう脱したんですか?
中村さん: 一度、徹底的に話し合う時間を設けました。このままプロジェクトを続けても納得感も成果も得られずにダラけてしまうと思ったので、プロジェクトに対して思っていることや、目標の解釈についてとことんみんなで話しましたね。
私もいろいろな失敗を経て今に至っています。最初からうまくいくマネージャーってほとんど居ないんだなって思いますね。
メンバーが楽しく働けるために、意識していること
中西 晶大さん
中西さん: 大変なことは多いから、やりたがらない人がいるのもわかります。それでもマネージャーをやっているとメンバー側では見られなかった景色を見られることもあるので、やりがいを感じることも多いんです。
ーメンバー側では見られなかった景色って例えば?
中西さん: 僕がすごく嬉しく感じるのは、メンバーのマインドセットが変わった瞬間に立ち会えたとき。これはメンバー側に居たときはなかなか気づけなかったことですね。
チームのことを考えるのが精一杯だったメンバーが事業部全体のことを考えられるようになるのを見ると、その人なりの階段を登っているなと感じます。
視野の広さや思考の深さは広い範囲のマネジメント職になるほど求められる。だからこそ、メンバーの技術的な成長はもちろん、精神的な成長がEMとしてはとても嬉しいんです。
ちなみに、中村さんはEMやっててどんなときが嬉しかったですか?
中村さん: 私は、メンバーが「仕事が楽しい」といってくれたときが一番嬉しいですね。いくらチームで成果が出ていたとしてもメンバーが気持ちよく仕事ができていないと長期的にリスクがあると思っていて。だから、本人の楽しさと成果がガッチリ結びついている状態を作れたらなと思っています。
ーメンバーが生き生きと仕事をできるって、大事ですね。その状態を叶えるためにお二人が普段からEMとして意識していることはどんなことですか?
中西さん: メンバー全員がエンジニアだからこそ、やっぱり技術への関心やリスペクトを忘れないことが大切です。
メンバーと話すときは、その人が使っている技術を自分自身が楽しむようにしてますね。現場を離れているからこそ、そういう姿勢はメンバーにとって良い方向に伝わるんじゃないかなと思ってます。
あと、営利企業にいると技術って手段になりがちだけど、エンジニアのマインドを支える上では、時として技術そのものを目的化することも大事。
手段として技術を扱うことばかりになってしまうと「技術そのものを楽しんでいるエンジニアが減ったから面白くない」などの不満にも繋がりかねません。そういうチームではエンジニアも力を発揮しきれないですよね。
ー組織として目的を達成する手段として技術を用いるだけでなく、技術そのものを楽しむことを目的としても扱う。中西さんはそんな風にエンジニアが生き生きと働ける環境を作っていたんですね。中村さんはEMとして何を大切にしていますか?
中村さん: 私の場合、先ほど話した失敗などを経験したことで、事業や組織で実現したいことはしっかり自分に腹落ちさせてから周りに展開することや、率直に自分の考えを伝えようという思いは大切にしています。
メンバーに新しい視点を提供することも、EMとしての私の役目のひとつです。
曖昧なことを曖昧なまま受け入れるには?
ー難しいことも多いEMですが、どんな人が向いていると思いますか?
中西さん: 相手の視点に立てる客観性を持っていることでしょうか。人間って自分が思っている以上に自身の経験則にとらわれているので、「相手の視点に立つ」を実践できているマネージャーって意外と少ないです。
例えばマネージャーになりたての人って自分の成功体験を語ってしまいがちなんですが、メンバーからすれば「あなたの経験が、私に当てはまるとは限らない」と感じてしまうこともあると思うんです。
でも、相手の視点で物事を見ることができていれば「日頃のあなたを見ていると、このやり方のほうがいいんじゃない?」という提案型のアドバイスもしやすくなります。視点の切り替えを自由自在に行えるかどうかが肝ですね。
ーなるほど。プレイヤーとして優秀でもマネージャーでつまづく人は、この客観性の部分が原因かもしれないですね。ちなみに、中村さんはどう思いますか?
中村さん: 私がEMに向いていると思うのは、気長に待てて物事に動じない人ですね。
中西さん: たしかにそれもありますね。「答えを◯日までに!」とマネージャーが焦っても、実際に手や頭を動かすのはメンバーであって、その人なりのやり方や考え方があるから、マネージャーはペースをコントロールできない。
だからこそ、答えが出ていない状態でも待てる忍耐力や曖昧耐性ってものすごく大切ですよね。
ーマネージャーのセルフマネジメントのためにも、曖昧耐性は大切なんですね。
中村さん: それがないとメンバーを追い詰めてしまったり、マネージャー自身のメンタルも崩れてしまうかもしれません。
あとは、マネージャーって本当に考えることが多いので、目の前の問題から本当に解決すべきものを見極めて、優先度の低い問題は見過ごすことができるかも重要だと思います。これができないとパンクしちゃいますから。
もともとの性格ではなく、実践し続けて身につけるセルフマネジメントスキルの重要性
中西さん: セルフマネジメントでいうと、感情のコントロールとかもそれに近いですね。
寄り添う力がある人が「あの人は優しい性格だから」と捉えられることがよくありますが、寄り添う力は性格ではなくスキル。感情のコントロールを実践して習慣化した結果、それが性格と見られるようになるだけのことなんです。
「みんなが性格だと思っているものは後天的に身に着けられるスキルなんだよ」って広まると、世の中のEMや、EMを目指す人が少し楽になるんじゃないでしょうか。
ー中西さんが感情のコントロールから身につけたスキルってなにかありますか?
中西さん: 押し引きがうまくなったと思いますね。
中村さん: 押し引きっていうと、メンバーとの1on1とかで「ここで気を引き締めなきゃいけないから、一回厳しくフィードバックを入れておこう」とか、「いまは調子よくやってるから雑談でいいや」とか、そういうことですか?
中西さん: ですね。メンバーに感情移入や共感をしすぎてしまうとしんどくなってしまう人もいると思うのですが、そのへんの押し引きを自分でコントロールできるようになれば、自分も楽になる。いろんな姿をメンバーに見せていくことで「あの人は寄り添ってくれるけど、仕事にもしっかり向き合ってくれる」って思ってもらえる。これは僕もいまだに正解がわからないテーマなので、考え続けたいですね。
ー他にもなにかご自身のコンディションを保つためにしていることってありますか?
中村さん: 私はメンタルがダメそうなときは思い切って休むようにしています。
マネージャーになってから対面の仕事が一気に増えました。相手はメンバーだけでなく他のマネージャー陣や採用候補者まで様々。自分が落ち込んでいるからといってその気持ちを相手とのコミュニケーションに影響させちゃいけない。
だから、相手の感情に引っ張られそうな気分だったり、イライラしてしまいそうなときは、いっそ休むことにしてます。
中西さん: わかります。僕も元気がないときは有給を使うようにしています。
ちょっと過激な表現かもしれないけど、EMってチームを崩壊させる事もできる存在だと思っていて。EMの元気がなかったり会社やプロダクトの愚痴ばかり言っていたら、チームは結構簡単に崩壊してしまう。
中村さん: 怖い話ですけど、その通りだと思います。だからこそ、やっぱり自分が元気であることが大事だし、そのためには自分でセルフマネジメントしたり、ガス抜きする必要がありますよね。
中西さん: マネージャーって孤独になりがちで、チーム内でもある種の疎外感を感じてしまう人も多い。だけど、マネージャーだって言いたいことはある。そういうのを溜め込むと苦しくなるから、愚痴を安心して吐き出せる場所は早めに確保しておいたほうがいいですよ。
目指してほしいのは「だめな部分も含めていいよね」と言ってもらえるマネジメント
ー最後に、中村さんのようにEMとしてスキルアップしたい方や、EMを目指したいエンジニアに向けてメッセージをお願いします!
中西さん: マネージャーって「みんなのお手本になる存在だから、こうしなきゃ」みたいなプレッシャーがあるかもしれないけど、素のままの自分でロジックを持って周囲の人と向き合えばそれでいいと僕は思うんです。
マネージャーって対人間の仕事だからこそ、むしろ人間性がにじみ出やすい職種だと思うので、100人いたら100パターンのマネージャー像があっていい。
「こうするべき」みたいな世の中の声はたくさん聞こえるかもしれないけど、「私はこう考えた」というスタンスを大事にしていれば、自分らしさを発揮できるマネジメントスタイルにたどり着くんじゃないかなと。
世の中のマネジメント本にはHOWTOがたくさん出ていて、それを活用すれば仕事は進みます。でも、チームの一体感やマネージャーとしての信頼は、やっぱり人と人との関係があってこそ構築できるもの。「この人のスタイルって、ダメな部分含めていいよね」って言ってもらえるようなマネージャーになればいいんです。
炎上やトラブルを恐れて「自分らしさ」を発揮することが難しい時代だからこそ、メンバーだけでなくマネージャー自身の個性も大事にできる人は、時間がかかっても確実に成長できるんじゃないでしょうか。