保育園向けのフォトサービス「ルクミーフォト」、乳幼児の睡眠を見守る「ルクミー午睡チェック」、体温計と記録帳が連動した「ルクミー体温計」を展開するユニファ株式会社。
保育士が本来の業務に集中できるよう開発されたプロダクトは、2017年に第1回スタートアップワールドカップで優勝するなど、世界的にも注目度が高いサービスです。
「アナログでしかできないこと」のパフォーマンスを高めるために、テクノロジーを駆使して幸せな保育のしくみをつくるには?
安全性だけでなくユーザビリティにもこだわるユニファの思想について、CTOの赤沼氏に伺いました。
ユニファ株式会社
取締役CTO
赤沼 寛明
2008年にエムスリー株式会社に入社。2012年から株式会社Nubee Tokyoにてソーシャルゲームアプリケーションのサーバサイド開発・運用に従事。2015年にユニファ株式会社のシステム開発本部に入社。ルクミーの開発・運用を担当し、現在に至る。
実地調査で気づく「保育士さんがやらなくていい仕事」
ー「保育園の先生の負担は大きすぎる」という話はよく聞きます。
赤沼: そうなんです。保育園での業務はほとんどがアナログ作業で、業務量は私たちの想像よりもはるかに多いんです。
園児たちの世話をしながら合間に連絡帳や日報・週報・月報などの記入をしたり、イベントの飾りづくりを家に持ち帰って作業していたり。
他にも、保育士さんは普段、お昼寝中の乳幼児の体の向きを定期的に一人ひとり見回らなければならないんです。
それを自動で記録して、うつぶせ寝など危険な状態になるとアラートが鳴るようにしたのが「ルクミー午睡チェック」ですね。
だからこそ、現場で生じる負担をITの力で減らし、より高い安心安全を提供できる我々のプロダクトで解消できる保育現場の課題は多いと思っています。
※現在展開している「ルクミー」の3つのサービス
ー保育の現場が抱えている課題については、どのように情報収集をするのでしょうか?
赤沼: ルクミーのプロダクトは全て、自分たちで現場に出向いて気がついた「保育士さんがやらなくてもよさそうなこと」が元になっています。
実際に現場へ足を運ぶと、「こんなに大変なことまでアナログでやっていたんだ…」と驚くことも多いんです。
現場の方々は子どもたちの身体の向きをアナログでチェックするのが普通だと思っているけれど、私たちからすると現実的じゃない作業だし、改善の余地があると感じました。
このように仕事量の負担が多すぎるので、保育の資格自体は持っている人が多くても、保育士さんが全然足りないのが現状なんです。
ー子供が好きでも職業として選べない、ということですか?
赤沼: はい。ユニファではそんな現状を理解するために、開発メンバーも頻繁に保育園の現場に行き、保育士の方にヒアリングをさせていただいたり、ときには保育体験をさせていただくこともあります。
そうした中で生まれたサービスを使ってもらって、多少でも労働環境が改善できれば、保育士の方ももう少し本来の保育の部分に集中できるんじゃないかなと。
単純な業務効率化ではダメ。本当に受け入れてもらえるプロダクト作り
ー保育現場での事前調査もかなりしっかり行われているようですが、プロダクトの開発にはどのくらいの時間をかけているのですか?
赤沼: 開発自体には、それほど時間はかかっていないんです。「午睡チェック」でいうと、実際にサーバーサイドやアプリケーションを開発していた期間は3〜4ヶ月ぐらいでした。
時間をかけているのはこの前段階の企画・検証の部分で、約1年間綿密に話し合いながら、具体的なサービスに落とし込んでいっています。
ーそこまで企画・検証に時間をかける理由は何なのでしょう?
赤沼: 保育園に新しいシステムを入れるとなると、その使い方を覚えたりしないといけませんよね。忙しい保育士さんからすれば「これ以上覚えなきゃいけないんですか?」と思ってしまうのは当然です。そういった状況でも「使える・導入したい」と思ってもらえないと意味がないんです。
なので、開発後のプロトタイプを使った検証などはじっくり慎重に進めています。
協力してくださる保育園で実際に使ってもらい、精度や使い勝手をしっかりテストして、本当に受け入れてもらうために改善を繰り返していきます。
ー「午睡チェック」はお子さんの健康にも関わるので、特にその辺りは慎重ですよね。
赤沼: はい。ヘルスケア領域のサービスは、確実性が非常に大切です。「午睡チェック」はIoTなので、どんな機器だったら精度が高くモニターできるのかもしっかり検証しました。
初期の午睡チェックは呼吸の有無のみを検知するものだったのですが、これでは方向が感知できず、保育士さんの業務が減らないので、服に装着する今のスタイルになりました。
ユーザビリティの秘密は、ビジネスサイドとの距離感
ー開発メンバーは、社内でどんな位置づけなのでしょうか?
赤沼: 事業部としては、サービスごとに事業部が分かれていますが、開発メンバーは横断的に関わっています。ただ、実質はある程度担当が決まっているので、それぞれのビジネスチームと一緒にやっている感じですね。
ーとなると、ビジネスサイドと開発メンバーの距離は近そうですね。
赤沼: 保育園からの問い合わせに対応するオペレーターの電話内容が耳に入ってくる距離感にエンジニアが座っていますしね。
これは、ユーザービリティを追求するためにすごく良いと思っています。私たちが当たり前だと思っていることも、現場では「操作が分かりません」と言われるケースが多くて。
例えばChromeの使い方やドラッグアンドドロップが伝わらず、オペレーターが説明に苦労している様子を実際に目の当たりにすることもあります。
だからこそ、エンジニアは「保育の現場におけるITリテラシー」を考慮して開発するための原体験を得られるんです。
ー確かに、何が「使いにくさ」につながるのかをリアルに感じられる環境は、開発側にとっては貴重ですね。この点も含め、開発ではどこに気を遣っているのでしょうか?
赤沼: 新規でも、改善・改修でもそうなのですが、「保育士さんが迷わずパっと使える」というところの判断って難しいんですよね…。この辺はメンバー間でもどこまでどうするべきか議論が起こる部分です。
それから、安全性に関しては当然ですがかなり気を遣っています。ネットワークの状況を含めて、BLE通信の安定性は本当に大丈夫なのか?とか、電池交換のサイクルは?とか。
この辺は一般的なウェブアプリとは違う要素なので、大変な部分ではありますね。
ー医療機器として届け出もしている「午睡チェック」ですが、命に関わるシステムは会社としてリスクもあったと思います。社内で反対意見などはなかったのでしょうか?
赤沼: 確かに、当初は社内でも「本当にやって大丈夫なのか?」という声はありました。不具合などでうつぶせ寝などを検知できなかったなんてことがあれば、会社自体が危うくなるのではと。ただ、逆にリスクが高いからこそ、価値を見出してもらえる部分もあります。
新しいプロダクトを考えるとき、「次はコレでどうだろう」という案はたくさん上がってきますが、それに対しては、「うちがやるべきものなのか」をしっかりと見極めますし。
ユニファのビジョンから外れているのであれば、たとえすごく儲かると分かっていても「それはうちじゃない」と判断することもあります。
反対も然りで、リスクが有るとしても、保育の現場がよりよくなるのなら挑戦するべきなんです。
ー具体的に、ルクミーではどんな技術を使っているのでしょうか?
赤沼: サーバーサイドで言うと、Ruby on Railsのウェブプラットフォームが基本なので、どのサービスもベースは変わりません。
最近はAWSのいろいろなサービスを活用して、寄せられるところはどんどんサーバーレスの方向に寄せていっています。ユーザー数、導入してくださる園数も増えているので、スケールのしやすさだったりが必要なので。
でも、自前でサーバー構築していると急激な負荷などに答えられないので、できるだけAWSのマネージドサービスなどを活用していくことで、我々の運用の手間を減らしつつ、サービスの信頼性を向上させていければと考えています。
「午睡チェック」はデバイスやハードウェアが関係してくるので、技術的な要素は結構違いますね。
ーやはり「午睡チェック」や「ルクミー体温計」など、IoTの技術に対する注目度は高いと思います。
赤沼: IoTはこれからさらに発展が期待される領域で、ユニファが扱う技術の中でもワクワクする部分だと思います。
ただ、ブームになってきているものの、ウチのように一定のボリュームで導入してもらい、センサーを使ってBLE通信でネットワーク接続し、さらにサーバーと連携してとなると、事例としてはまだそんなに多くないのかもしれません。
比較的アナログである保育業界にこういった技術を提供して、変えていけるというチャレンジは面白みがあるんじゃないでしょうか。
ー今後も最新技術を取り入れた開発は進めていくのでしょうか?
赤沼: 今後はAIを使ったデータ解析なども考えているので、去年から社内にR&Dチームを作りました。本格的なマシーンラーニング・ディープラーニングにも取り組み始めたので、こちらはかなり具体化してきています。
保育園業務のデジタル化によって得られるユニファの独自データは、AI技術によって活用の幅がさらに広がるのではないかと期待しているんです。
ー例えば、どんな風に活用するイメージでしょう?
赤沼: 「ルクミーフォト」には、園児のスナップ写真が大量に集まっています。例えばその写真をAIで解析することで、趣味嗜好なども読み取れるかもしれません。
正直やってみないと分かりませんが、写真って本当にたくさんの要素を含んでいると思うので、可能性はあると思います。
あとは、ヘルスケアサービスで集まるデータですね。これからバイタルデータも貯めていけるようになると、今まで不明だった体調不良の予兆なども分かってくるかもしれないですよね。
AI解析で分かったデータを保育士さんや保護者の方に提供していくことで、経験の浅い保育士さんでもベテランに近いような質を提供できるようになったり、保護者の方向けにもお子さんの発達状況に見合ったアドバイスを提供できるのではと思っています。
ーなるほど、「保育×IT」の未来はまだまだ可能性に満ちているのですね。
ちなみに、開発メンバーにもやっぱり子育て経験者が多かったりするんでしょうか?
赤沼: そうですね。スタートアップって20代の若い方が多いイメージがあるかもしれませんが、ユニファは平均年齢が30代半ばで、「大人スタートアップ」なんて言われることもあるんです(笑)。
開発会議では、個々の育児経験を元に話し合いが進むこともよくあります。
システム化すべき部分を見極め、保育✕ITへの抵抗感に向き合う
ー育児に関しては「アナログだからこそ愛情だ」という方も一定数いると思います。そういった意見との兼ね合いについてはどのようにお考えですか?
赤沼: 全部デジタル化すべきかと言うと、決してそんなことはありません。保育士さんが園児と対面してコミュニケーションをとる部分に関してはデジタル化する余地はないですし、それこそが保育士の本来の仕事、プロとしてやるべき仕事だと思うんですよね。
ただ、実際にサービスを導入してみると、便利だと使っていただけることが多いので、我々としてはシステムでサポートできる部分とのバランスだと思っています。
そのために大事なのは「デジタル化することでどう良くなるのか」を現場にご理解いただくこと。だからこそ、お昼寝中の幼児に起こり得るリスクや、システムでサポートできることなどを解説するセミナーも定期的に開催しています。
ただ単に業務効率化ではなく、人の目が届かない部分をシステムがサポートし、子どもたちの健康・安全を守ることが大事だという思いを込めて。
ーシステム化してもいい部分とアナログのままで価値のある部分を見極める必要があるのですね。
赤沼: 効率化によって保育士さんが本来の仕事に力を注いでもらえることは、お子さんのために良いことですよね。この考え方が、もう少し広まっていくといいなと思っています。
効率化の先に見据える「スマート保育園構想」
ー最後に将来的な目標といいますか、目指すところを教えていただけますか?
赤沼: 我々は「スマート保育園構想」と呼んでいるのですが、最終的には保育園内のさまざまな業務を効率よくデジタル化した施設を作りたいと思っています。
現在は単品での提供が基本ですが、将来的には保育園内の業務はすべてルクミーでカバーできるのがゴールだと思っています。
そして、保育園向けのサービス提供の先に、保育園を介さず、直接保護者の方に付加価値を提供させていただきたいという思いもあります。
それができれば、会社としてのミッションである「“家族✕テクノロジー”で世界中の家族コミュニケーションを豊かにする」の「家族コミュニケーション」にもっと直接的に寄与出来るのではないかと思っています。