株式会社ユリシーズが開発するKAMINASHIは現場で発生する帳票をデジタルにし、スマート化を目指すSaaSプロダクト。現在は品質管理に特化した機能を提供しています。
β版リリースから約1年で大手航空会社や某ファミリーレストランが採用するまでに成長しました。
今春には正式版のリリースを控えています。
一見、業界の未来を変える画期的なビジネス展開ですが、アイディアの裏側には社長の諸岡さんが前職で感じた苦い経験があるそうです。
今後の展開も含めて「業界を変えるような開発」についてお話を伺いました。
(左から)
諸岡裕人
慶応大学卒業後、株式会社リクルートスタッフで営業職を経て、家業であるワールドエンタプライズ株式会社に入社。当時感じた機内食製造時の品質管理の大変さを解消させるべく、2016年にユリシーズを創業。2018年にはデジタルでチェック業務が行えるSaaS KAMINASHIを開発し、品質管理のペーパーレス化を推進している。
三宅裕
横浜国立大学卒業後、SIerやHR系のスタートアップを経て、当時創業して10日しか経っていなかったユリシーズに入社。創業メンバーとして社長と二人三脚で、KAMINASHIの開発を手がける。現在はユリシーズのプロダクト全般を担当。
「ひたすら紙に向き合ってチェックするこの作業、意味あるんでしょうか?」がきっかけ
―まずは、KAMINASHIで品質管理に特化したSaaSをやろうと思ったきっかけを教えてください。
諸岡: アイディアの元になっているのは、僕の原体験です。元々父が航空会社のアウトソーシングを担う会社を経営していて、僕はその跡継ぎとして働いていました。
その時たまたま、機内食を製造する工場を立ち上げる話を大手航空会社から頂いたんです。父からは「絶対失敗できない仕事だからお前がやってこい!」と言われて。でも、当時は食品に関する知識は全くと言っていい程なかったんです。
―知識ゼロの状態から、工場の立ち上げを経験されたんですね。
諸岡: はい。おかげさまで工場は何とか立ち上がったんですが、いざ始まってみると結構大変なことも多くて、その一つが品質管理だったんです。
実は食品製造では、衛生上の記録をかなりしっかり取らなくてはならず、帳票の量は1日50枚にもなります。 行にして400行くらいの記録になるのですが、それを一行ずつチェックして判子を押し、さらに品質管理の担当者がチェックをして判子を押すというダブルチェックを欠かさないのが、この業界の慣習なんです。
―1日に紙で50枚にもなる記録をつけなければいけないなんて、前時代的な気もしてしまいます…。
諸岡: そうなんです。世の中はどんどんデジタル化しているというのに、驚きますよね。
それから、人員集めにも苦労しました。立ち上げ当初こそ日本人が9割、外国人が1割の割合でしたが、日本人スタッフが徐々に辞めていき、だんだんと人も採れなくなっていき…。気づけばスタッフ全体の9割が外国人になっていたんです。
―スタッフの割合が逆転してしまったんですね。外国人が多い現場では仕事を進める上で大変なことも多そうです。
諸岡: 今でも思い出しますが、目を瞑ると外国語しか聞こえないような環境でしたね。
何よりの難点は、彼らが日本語を読んで日本語で記録することが苦手だったことです。字の書き方も私たちとは違うし、意思疎通がうまくいかず記入のヌケモレも多かったので、本社に提出した書類に修正箇所の付箋をいっぱい貼られた状態で戻ってくることも日常茶飯事でした。
それらを、管理職の僕たちが、業務が終わった夜中の11時くらいに1枚1枚チェックしていくんです。
いちばん辛かったのは、若手の部下に 「ひたすら紙に向き合ってチェックするこの作業、意味あるんでしょうか?」 と弱音を吐かせてしまったことでした。
将来性のある20代の大事な部下に、本来こんなことをさせてはいけないと強く思った出来事でしたね。
―品質管理の分野にビジネスの勝機があるというよりは、辛い現状を変えたいという想いが強かったのでしょうか。
諸岡: そうですね。このビジネスプランでユーザーヒアリングもたくさんしましたが、皆さん「紙の帳票を逐一チェックするのは面倒だ」とおっしゃっていたことも大きいです。
非効率だと思っているのは業界全体で一致しているけれど、簡単には解決できないからこそ、だれもやろうとはしていないことだったんです。
踏みとどまらせてくれたのは、現場を知る人たちからのアツいエール
―では、ユリシーズのプロダクトであるKAMINASHIの開発が始まった頃のことを教えてください。
諸岡: 温度と時間だけを測れるプロトタイプ版が完成したのは、2017年3月でした。品質管理は、温度管理の記録を取ることが一番面倒なので 「帳票記録の手間が大幅に省けるのだから、食品製造へ持っていけば絶対にウケるでしょ」 と自信満々だったのですが…実際に営業に回ってみると、想定していた感触とは違いました。
大阪の大手食品メーカーへ営業訪問した時に、意気揚々と「こんなすごいものを作ったぞ!どうだ!」という気持ちでモック版を見せたのですが、先方からは 「こんなもの、何に使うんですか?うちは温度以外にもチェック項目がたくさんあるんだから、役に立たないですよ。」 と突き返されてしまって…。
当時は三宅と二人三脚でやっていたのですが、帰りに2人で居酒屋で飲みながら「KAMINASHIの開発、やめようか。」と。一度本当に諦めたんです。
―その挫折を乗り越えたきっかけは、なにかあったのですか?
諸岡: KAMINASHIの開発を止めて、全く違うコミュニケーションツールを作成していた頃のことです。ちょうど機内食関連企業が集まるカンファレンスの事務局の方に、「諸岡くんもKAMINASHIを紹介してみたら?」と声を掛けてもらっていました。僕としてはKAMINASHIの開発を諦めていたし、三宅からも「参加する意味あるんですか?」と言われてはいましたが、知り合いの義理もあるのでしぶしぶ参加したんです。
―KAMINASHIのことは諦めた状態で参加されたんですね。
諸岡: そうですね。でも、カンファレンスで時間をもらってKAMINASHIをプレゼンしたら、予想外にかなりの好感触だったんです。出席していた3~4社の社長さん達からも 「お前、このサービスの開発は続けろ。俺が買ってやるから!」 と熱いエールをいただいて…。
さらには、カンファレンスの乾杯の挨拶の時に「ユリシーズの諸岡社長がやっていることは、本当に業界にとって良いことだから、皆さんも是非応援してあげてください」とまで言ってもらえたんです。
―原体験を元に諸岡さんが感じたことは、間違っていなかったのですね。
諸岡: やっぱり、これまでは食品製造の現場で働く方々の、細かいけれど深刻な困り事を真剣に解決しようとする人なんていなかったんですよね。
だから、まるで火中の栗を拾いに行くようなことをしている僕たちに共感してくれたようでした。
で、その時「ああもういいや!」って思ったんですよね。
今まではスタートアップだからスケールしなきゃいけないとプレッシャーを感じていたのですが、 目の前のたった数社に向けてKAMINASHIを開発してその半分でも採用してくれたら、それで充分だと開き直れたんです。
カンファレンスから戻って、三宅にも「よし!もう一度KAMINASHIの開発を再開するぞ!」と話したら「何があったんですか!?」ってびっくりされちゃいました(笑)
三宅: ほんと、あのときは「急にどうしたんだろう?」って思いましたね(笑)
エアシャワーをくぐった瞬間、15年前に戻ってしまうなんておかしい
―そんな紆余曲折を経て、実際に企業がKAMINASHIの導入を始めてからちょうど1年が経ったという所でしょうか?
諸岡: そうですね、去年の今頃の時点ではまだ温度計と時間しか測れないα版でしたが、それでも使いたいと言ってくれる企業が1社だけあり、そこにKAMINASHIを導入したのがちょうど1年前です。
品質管理って会社や現場、部署ごとに全然違う管理をしていて、帳票自体もバラバラなんです。そのため、SaaSとしてあらゆるケースに対応する必要がある。そこで今は大分機能を追加して、どんな管理項目でも対応できるようになりました。 現場で使える『自社のオリジナルアプリ』をデザイン出来る ようなイメージです。
あと、これは最初からある機能なのですが、誤った数値などを入れた場合には、その場でアラートを出すようにしています。
正解が出るまで何度もNGを出してあげることで、日本語の読み書きが苦手な外国人スタッフもルールを理解できるようになる 仕組みです。座学での講習やマニュアルがあっても分からない方も多いため、「習うより慣れろ」方式で。つまり、教育ツールとしての役割も果たしているんです。
―でも、それまでアナログでの管理しかしてこなかった環境でKAMINASHIを導入して、現場の人たちはすぐに使いこなせるものなのでしょうか…?
諸岡: 僕らも最初はそのあたりが不安でした。でも、「それは現場をナメすぎだな」と思ったんです。
考えてみれば、工場で働いているみなさんも日常生活ではスマホを使いこなしているわけです。だから、KAMINASHIが使えないなんてことはないんですよね。
かなり感覚的に使用できる設計にしているので、現場では50代後半のパートさんがアプリをデザインしていますよ。
―なるほど。スマホを使い慣れている人なら、操作方法が感覚で分かる設計にすることで、導入時の大変さを軽減しているのですね。
諸岡: はい。例えば 緑の表示はOKで赤はNGという風に、「ダサ分かりやすいこと」 を重視しています。極論ですが、日本人じゃなくても分かるデザインを目指していて。ここまで分かりやすくしているので「ガラケーも持ってないような私じゃ、使いこなせないわよ!」と言っていた65歳くらいのパートさんも、数回の操作で難なく適応できています。
―実際に導入している企業からはどんなフィードバックを受けるんですか?
諸岡: 現在は20社の企業で導入してもらっているのですが、導入後のアンケートを取ってみたところ、全てのお客様から「とても満足している」または「満足している」と答えていただけています。反対に「もう一度紙での記録方法に戻りますか?」という質問に対しては、「戻りたくない」という回答が100%なんです。
それと、ちょっとアツくなっちゃうエピソードがあって…。
―そんなこと言われたら気になります…!
諸岡: KAMINASHI導入後に現場の方々と飲みに行った時のことです。最初の1時間くらいは普通にみんなで楽しく会話をしていたのですが、最後の2時間は僕のことをそっちのけで 「KAMINASHIを活用したら、もっとこんなことができるんじゃないか」 とか 「もっとこういう機能を作ってもらったら、あれもこれも楽になるよ!」 という熱い議論が始まったんですよね。
それを見て、現場の人たちの頭の中には、業務でスマートフォンを使えばどんなことができるかといった感覚が蓄積されているんだなと思いました。
―業界にそういう空気がなかっただけで、現場で働く人々の意識は時代に追いついていたというか。
諸岡: そうなんです。工場の作業室に入る前に、衣服についたホコリを払うためのエアシャワーってあるじゃないですか。あのエアシャワーをくぐった先は、時代が15年前に戻ってしまう感覚ですね。KAMINASHIのようなアプリは紙に取って代わってしまうし、メッセンジャーはメールに代替されてしまいます。この時代において、本来はそっちのほうが変なんですよ。
つながりの強いの特性に秘められた、スケールの可能性
―現在ではどんな企業がKAMINASHIを採用しているのでしょうか?
諸岡: 大手航空会社の機内食製造工場に導入していただいていて、国内の主要空港を行き来する飛行機の機内食は、実は全てKAMINASHIで品質管理が行われているんです。
ファミリーレストランやコンビニエンスストアの一部の食品製造工場でも活用されています。
―創業3年目にして、今後どんどんサービスの幅が広がっていきそうな気がします。
諸岡: ありがたいことに、最近では物流企業やホテル業界、エレベーターや設備管理のメンテナンスを行う企業からもテストで導入してみたいとお問い合わせを頂いています。
KAMINASHIを使えば「チェック、エクセルへの転記、集計、報告書作成」といった、人が手で書くことによって発生する4つのタスクを無くすことができます。
考えてみれば、この4つのタスクは手書きの帳票が存在するありとあらゆる現場で起きています。そこには巨大な「不」と「マーケット」があり、僕らは世の中のブルーカラーの働き方を変えることが出来ると信じています。
※展示会では多くの関係者が、KAMINASHIの目指すペーパーレスの世界に関心を寄せた
―KAMINASHIで効率化することによって救われる工場が増えるなんて、ワクワクしてきますね!
諸岡: でも、まだまだやりたいことの2割くらいしか出来ていません。現場を変えるアイデアは沢山あります。例えば最近、現場の生産性を可視化するツールのα版を開発しました。
どの現場でも共通の悩みが「工数の可視化」で、「誰が・何に・どのくらい時間を使っているのか?」がよく分かっていないのが現状です。
これには2つの点で問題があります。
1つは、 効率を上げるためのPDCAが回せないこと です。僕らならGoogle Analyticsを使えば、すぐに結果は分かりますよね?でも、現場だとストップウォッチで計測するか、紙に書かせて集計する必要があります。これでは、データを取るところに労力がかかり、肝心の改善には時間を使えません。
2つ目は、 見積もりが難しいこと です。
実際に僕らのお客様でも、「想定していた作業工数の見積もりが甘く、実は赤字だったことに10年経ってから気づいた」という話もありました。
品質と生産性をITで可視化することで、まだまだ現場を進化させることが出来ると思うんです。だからこそ、近い将来、 KAMINASHIは単なるペーパレスのためのプロダクトではなく、改善の仕組みを提供するサービスにしたいと考えています。
技術者として「自分の代表作」を生み出せる貴重なタイミング
―最後に、エンジニアとして今のユリシーズに加わるメリットをお聞きしたいです。
諸岡: もしかしたら今が一番、ジョインしてもらうと楽しいフェーズかもしれません。
三宅: そうですね。これからKAMINASHIに新しい機能をどんどん追加していくし、諸岡が言っていたように今後は新しい業界にも切り込もうとしているので。
パソコンからはとても遠い環境にいる工場の人々の効率化を叶えられるのは、僕たちしか挑戦できない領域だと思っています。
言い換えれば、 僕たちのプロダクトによって、業界の電子化が進んだと誇れるような仕事を残すこともできるんです。
それに、過去数十年間オフラインで残していた記録がKAMINASHIで電子化されることで、データとして蓄積される面白さもあると思います。このデータを活用すれば、日本中の現場をもっと変えられる、そんな未来だって待っているかもしれません。
そんな可能性にワクワクしてもらえるような方と一緒に仕事がしたいですね。
―自分が手がけたプロダクトが業界をガラっと変えるなんて、今の時代なかなか無いですもんね。
三宅: もちろん、それを実現させるためにも努力は惜しみません。年配の方や日本語が読めない方でも難なく使えるよう、プロダクトにはかなりこだわっています。だから設計や実装上でも複雑で大変そうでも、工場で働く方々にとって本当に使いやすいかを考え、諦めずに改善しています。
―言語はどのようなものをメインで使用しているのでしょうか?
三宅: 使用している言語は比較的モダンで、サーバサイドはGoとAPI、フロントエンドはReactを使っていて、iOS側はSwiftで書いています。
KAMINASHIを利用している工場の多くは24時間365日稼働しているからこそ、アプリの開発速度が遅れたり、バグが発生しまったら大きなリスクがあるので。
保守性の高さや開発の速さを担保するためにも、技術への投資は惜しまないのがユリシーズの方針です。
新しい技術で古い業界を変えていくといったギャップが面白さでもありますね。
諸岡: ユリシーズでは、設計もエンジニアチームに一任しているので、エンジニアとしての得意分野を満喫してくれると嬉しいです。
業界を変えるプロダクトの開発は「自分の代表作」を生み出すような仕事でもある と思うので、一緒にそこを楽しみたいです。