本質的なサービスをつくるために必要なものとは何だろう。特に組織が大きくなり、サービスに関わる人数が増えれば増えるほど、サービスの根底にある思想を共有できなくなったり、売上のために本質とはかけ離れた施策に走りがち。きっと成長中のサービスを手がける多くの技術者たちは同じようなジレンマにぶつかっているのではないだろうか。
そこで、一流旅館・ホテルのみを厳選した会員制の宿泊予約サービス「Relux」を手がけるLoco Partnersと、「転職ドラフト」を運営するリブセンスが対談。本質的なサービスをつくるために必要なことを徹底討論した。
株式会社Loco Partners GM
古田 朋宏
東証一部の大手メーカーにシステムエンジニアとして新卒入社。その後、スタートアップの営業会社に唯一の技術者としてジョインし、顧客管理システムの開発をはじめ、様々な開発に携わる。2014年、代表の篠塚との出会いを経て、Loco Partnersにジョイン。
株式会社Loco Partners
武井 祐輔
受託開発会社で腕を磨いた後、Loco Partnersに転職。iOSエンジニアとしてiOSアプリケーション開発(iPhone/AppleWatch)とbotの開発などに携わる。
株式会社リブセンス サーバーサイドエンジニア
マコト
2010年リブセンス入社。企画から開発まで幅広く手がける。
大事なのは「なぜそれをつくるのか」を常に議論し続けること
― 今回の対談テーマは「本質的なサービスをつくるにはどうしたらよいのか」です。これは、転職市場における様々な課題を解決するという旗印のもと誕生した転職ドラフトが日々運営をする中でぶつかる葛藤でもありまして。まずLoco Partnersさんでもそうした「本質的なサービス」ということについて、どんな意識をお持ちかから聞かせてもらっていいですか。
武井: かなり意識していますね。ちゃんと本質を理解しないと、ユーザーに使ってもらえるものは作れません。何のためにやっているのかを見失ったまま開発を進めても、結果的に手戻りになることも多いですし。なぜそれを作るのか、それを作ったらどうなるのか、という点は日頃からエンジニア同士でもよく議論し合っています。
マコト: Reluxにおける本質って何ですか。
武井: Reluxは満足度の高い宿泊施設のみを厳選して掲載する予約サイトです。宿泊サイトを使うとき、載っている情報が多すぎて結局どこがいいか決められないことってありませんか。それって結局ユーザーにとっていいことではないですよね。だからReluxでは宿泊施設を厳選し、その中でさらにグレード分けをすることで、ユーザーが迷わず利用シーンに合うグレードの施設に辿り着けるよう設計しています。情報過多の時代だからこそ、重要なのは情報の量ではなく、質。ユーザーから「Reluxを使っておけば間違いない」と言ってもらえるサービスをつくりたいと日々追求しています。
マコト: ぜひそのあたりお話を詳しく聞きたいです。私たちも常に本質を大事にしたいと思ってはいるんですけど、しがらみの中で悶々となることも多くて。Loco Partnersさんでは、サービスをつくるとき、何を大事にしていますか?
武井: 大事にしているのはユーザー目線ですね。ユーザーの立場になって、ユーザーがほしいものが何か考えることを徹底しています。
マコト: Loco Partnersさんが定義するユーザー目線って、噛み砕いて言うとどういうことですか?
武井: ユーザーが検索して予約するまで迷わないつくりにすることですね。
マコト: そこって結構難しいですよね。たとえば転職ドラフトで言えば、僕らは結局求職者ではないので、自分が求職者の立場になって使ってみないと気づかない不便もいろいろあるなと思っていて。そのユーザー感覚ってどうやって養っていますか?
武井: 僕がイメージするのは、自分の親が使ったときにちゃんと使ってもらえるかという視点です。「ここの表記を英語にして、うちの親はわかるかな?」とか、「このアイコンの意味って伝わるかな?」とか、身近な人に置き換えて考えてみると掴みやすいかなと考えています。
古田: 日々プロダクトにさわれる環境は整っているので、やりながら試しています。また、宿泊予約サイトは先行サービスが世に多くあるので、他社のサービスをさわりながら、「もっとこういうものがあればいいな」と研究するのもひとつの手です。
ただ、これはむしろ逆に気をつけるところでもあって。「もっとこういうものがあればいいな」という機能って案外いくらでも思いつくんです。でも、その中で「本当にこの機能はReluxにとって必要なのか」を見極めないと、あっという間にReluxらしさは損なわれてしまう。Reluxは、シンプルであることが命題なので、ひとつの機能を新しく追加するときも、その点については相当気をつけています。
広告は載せない。無駄な機能は追加しない。Reluxはシンプルを追求する
マコト: シンプルであることがやはり大事なんですか?
古田: そうですね。さっきユーザー目線の話になりましたが、間違えてはいけないのが、決して「ユーザー目線=ユーザーのほしいと思ったものを何でも載せることではない」ということ。あくまで質の高い情報を集約してお届けするのが私たちのサービスのコア。そのためにはシンプルであることがマストなんです。
マコト: 私たちのことについて少しお話しすると、転職ドラフトには「企業に不当に買い叩かれているエンジニアも正当な報酬をもらえるようにしたい」という想いがあるんですね。そのための施策のひとつとして、希望年収欄が450万円以下の方は全部まとめて「450万円以下」と表示されるようにしています。これはなぜかと言うと、自分の市場評価がわからないばかりに、安すぎる希望年収を記載してしまう場合があり、結局求職者にとって不利になってしまうから。一定以上の実力であることは、事前の参加審査で確認していますしね。そんな風にサービスの本質を守るために、旧来の常識と違っても、敢えて採用している機能や施策はありますか?
古田: 広告を載せないことは、私たちが一貫して掲げているポリシーのひとつです。一般的な宿泊予約サイトは、宿泊施設側から掲載料金をいただいています。でも、それだとどうしても運営側の目線がスポンサーである宿泊施設の方に向いてしまいます。ユーザー目線で言えば、必ずしも高額の掲載料金を出せるところが良い宿泊施設とは限らない。だから私たちは広告を載せません。ちゃんと私たちが公平な立場で審査し、心からおすすめすることができる厳選した宿泊施設だけを掲載すること。そしてその魅力を文章や写真で余すことなくお伝えし、ユーザーが気に入った宿泊施設を選べることを、サービス立ち上げ当初より徹底し続けています。
マコト: なるほど。宿泊サイトで掲載料金優先がないのはすごいですね。
古田: 私たちがサイト上でユーザーが迷わないことを最優先するのも、そういうサービスの想いがあるからなんです。過去、宿泊予約サービスの世界では、高い広告料を払った宿泊施設が優遇され、営業サイドの都合によりプランが過剰に提供されることもしばしばありました。でも、その状況が果たしてユーザーにとって幸せなのかと言えば決してそうではない。Reluxは、当時の業界に課題感を持った代表の篠塚が、旅行する方に満足いただける旅のプランを迷わず選べるように立ち上げたサービスなんです。だからユーザー体験において、とにかく「迷わない」ということを何よりも重視しています。
エンジニアの自由度において重要なのは「何をやるか」ではなく「どうやるか」
マコト: とは言え、企業である以上、ある程度売上を追いかけなきゃいけないのも事実。経営側から売上に関するプレッシャーを感じることはありませんか?
古田: もちろん会社の目標はありますし、数字の改善について要求をもらうこともあります。ただ、あくまで強要ではなく、自分たちが「やります」と腹決めし、そこから各自達成に向けて動いていくという感じですね。
マコト: そうすると目標達成が優先されて、エンジニアの自由度が下がるみたいなことってないですか?
古田: みんなが向かう方向が同じであることは企業として自然なこと。そして、エンジニアの自由度において大事なのは「何をやるか」ではなく「どうやるか」の部分がしっかり担保されていることだと思うんですね。弊社では、そこをしっかり現場に委譲しています。そうすれば、エンジニアはそれぞれ自分なりの工夫をして自由度が高い状態で働いてくれるのではないかな、と。
マコト: たとえばユーザー獲得という目標があったとして、それって実はエビルなことをやろうと思えばいくらでもできたりするじゃないですか。そういう方向に走ってしまうことってありませんか?
古田: 私たちが目標を追いかけるときに、重視しているのは見かけの数字ではなく、その背景にあるものです。なぜその数字を達成しなければいけないのか。その数字を達成した先にどういう未来を描いているのか。そこをエンジニアがちゃんと理解しておくことで、そうした手法には走らない体制を整えています。
日頃からのコミュニケーションが、本質を見失わない組織をつくる
マコト: これは僕の性格のせいかもしれませんが(笑)、どうしてもものづくりをしているとエビルになる人がいる気がしていて。特に、新しく人が入ってくると、中にはKPI至上主義の人もいると思うんですね。そういう異文化の人間とどうコミュニケーションをとって今の体制を維持されているんですか?
古田: そこは、代表篠塚の力が大きいと思いますね。今でも新しく何か追加するときの最終チェックは篠塚が行います。僕たちが間違えたとしたら、必ず指摘が来る。その過程で僕たち自身も本質への理解を深めています。
武井: うちは篠塚と現場の距離がすごく近い。Slackもすぐ返ってきますしね。デザインを篠塚に直接見てもらうことも多いです。
マコト: 社長さんは営業出身ですよね? 意見がぶつかったりしないですか?
武井: ありますけど、大事なのはどちらの選択がユーザーにとってプラスになるか、この本質を見失わないことです。実際、篠塚が正しいことを言っていることも多いですし、逆に違うと思ったらちゃんと言います。
古田: あと、毎月締め会があって、そこで全社で振り返りをするんですけど、そのときに必ず篠塚がメッセージをくれるので、そういう場所で思想や理念を改めて確認しています。
武井: 篠塚に限らず、何か言いたいことがあれば誰でも発言できるのがLoco Partnersの文化。日々の業務でも現場サイドで頻繁に話し合いは行っています。
古田: また日報文化があって、毎日の業務や学びをWorkplaceに投稿しています。もちろん、篠塚はじめ全メンバーが見ているので、ここでもコミュニケーションをとる機会があります。想いを共有し、向かうべき方向を統一するには、とにかく日頃から発信すること、これを大事にしています。たとえば当社の風土として、失敗に寛容であるというものがあるんですけど、これも日頃からこまめにメンバーに伝えるようにしていますね。どんな失敗でも学びになる。だから、ユーザーやクライアントなど、応援してくださっている方々へ迷惑のかかるものでなければ、どんどんチャレンジすればいいって。
マコト: 日頃から言うことは大事ですよね。
古田: あとチャレンジした人を周りも全力でサポートします。
武井: たまに執務エリアにみんな集合して、全社に向けて成果を発表することもありますね。そのときは、お祝い用のクラッカーをこっそりみんなに配ったりして(笑)。ハイパフォーマンスをあげた人に対する表彰制度もありますし、「Locoship」という全社員が共通の価値観として持っているバリューがあるので、それを体現するような取り組みをした人についてもみんなで称賛しています。
―いろいろお話しいただきましたが、どれだけ組織が拡大しても、サービスの本質を見失わないようにするために必要なことって何だと思いますか。
武井: 声に出して言い続けることが大事なのかなと思います。新しく入ってきた人に対して、Reluxはこうだと語れないと、やがて本質はなくなってしまう。そのためには、まずは既存のメンバーがきちんと本質を言語化できるようにならないと。
マコト: そうですね、僕も同意見です。言わないと伝わらないし、言い続けないと忘れちゃう。愚直ですが、そこが大事なのかな、と。
古田: 採用もそうですよね。求職者にサービスの本質を語ることで、僕らも反芻する機会になる。そして、それに共感してくれる人が入れば、たとえ組織が大きくなっても、大きく本質から反れることはないはず。一人ひとりがきちんと本質を語れることが、本質的なサービスをつくる絶対条件だと思います。
(文:横川良明)