次世代型マーケティングプラットフォーム「b→dash」を開発・提供するフロムスクラッチは、2年連続で『Forbes JAPAN』が選出する「スタートアップ有望株」に選ばれるなど、今急成長しているベンチャー企業。
同社には、開発統括マネジャーを務めるCTOの井戸端洋彰氏を始めとし、かつて人工衛星開発に携わっていた航空宇宙工学出身のエンジニアが3人も在籍しているという。彼らが揃って“畑違い”ともいうべきマーケティングテクノロジー開発の世界に移ったのはなぜか?彼らを魅了したフロムスクラッチとはどんな会社なのか? その秘密に迫る。
井戸端 洋彰 (執行役員・CTO)
東京大学大学院 航空宇宙工学科にて、国立天文台と共同で超小型人工衛星Nano-JASMINEの研究開発に携わり、主に超高精度のセンサー機器や光学機器、情報処理基盤の開発を行うかたわら、過去の開発経験のモデル化による設計最適化手法の研究に取り組む。
その後、アクセンチュアに入社し、オフショア拠点を用いた金融系システム開発プロジェクトに従事。2014年にフロムスクラッチ入社。「b→dash」のプラットフォームのデータモデル構築、
アーキテクチャの設計、技術選定、アルゴリズム設計、設計開発方針の決定を担う。
斉藤 健史
東京大学工学部航空宇宙工学科卒。卒業後は大学院に進学、同時に修士課程時代からJAXA特別研究員(はやぶさのエンジニア)として活動。大学院卒業後はフューチャーアーキテクト株式会社にてITコンサルタントとして、原価分析に注力。その後、フロムスクラッチに入社。
渡辺 典幸
1989年福島県生まれ。東京大学工学部航空宇宙工学科卒業後、陸上自衛隊に幹部候補生として入隊。部隊の指揮官たるため約1年間の教育期間の後、第7師団第7高射特科連隊に小隊長として配属。幹部自衛官として87式自走高射機関砲を率いての訓練・演習における現場指揮をはじめ、各種計画立案、装備品の管理、部隊間調整等に携わる。TECH::CAMP EXPERTを経てエンジニアへと転身、フロムスクラッチ入社し、b→dashの開発に参画。
人工衛星開発は刺激的だが、「イイもの」は作れない
―お3方はもともと航空宇宙工学の世界にいらしたそうですね。それぞれどんな経緯でマーケティングテクノロジー開発の世界に移られたんですか?
井戸端: 私はもともと、ものづくりがしたくて東大の研究室に入り、超小型衛星と呼ばれる数十キロクラスの人工衛星を世界に先駆けて開発していました。人工衛星開発は、「どうやったらできるか」という解法を探すところから始まります。高い技術力や思考力が求められるという意味ではすごく刺激的な日々でした。
―とてもチャレンジングな開発ですね。すごくやりがいがありそうです。
井戸端: しかし、3年くらい研究開発を続けていくうちに、どんなに難しいものでも頑張れば作れると思えるようになった反面、それをどう使うかをもっと意識する必要があるのではないか、という問題意識が芽生えてきました。自分のエンジニアとしてのキャリアという意味でも、ただモノを作るのではなく「いいモノ」を作りたいと思うようになっていったのです。
―「いいモノ」とは?
井戸端: 高度経済成長期などのモノが足りていなかった時代であれば、「いいモノ」とはすなわち性能がいいとか機能が多いということだったと思います。現代はデザイン、価格、尖った機能など、人によって求めるものが違うから、一つに定義するのは難しい。ただ、「売れている」ということはそれだけ多くの人に求められているということですから、「いいモノ」の一つの指標にはなるのではないかと考えています。
―なるほど。確かに宇宙工学は必ずしも「売れているモノ」とは限りませんよね。
井戸端: そうです。そう考えたら、当時の私はもっとビジネスのことを知る必要がありました。そこで大学院を修了したあとアクセンチュアに入社することを決めました。そこでの3年間、お客様のシステムメンテナンス業務に従事したんです。勉強になることは多かったのですが、一方で新規事業開発がやりたい、やっぱりいいモノがつくりたいという思いが大きくなっていきました。そんなタイミングで誘われたのが、ちょうど「b→dash」の開発を計画していたフロムスクラッチでした。
はやぶさのエンジン開発。これがなりたかった”発明家”なのか?
―斉藤さんはいかがですか?
斉藤: 僕の経歴も井戸端さんと非常に似ています。僕は幼い頃から発明家になりたかったんです。東大に入り宇宙工学の道へ進んだのも、発明家=研究者だろうと考えたからでした。修士1年からJAXAに出向し、はやぶさのイオンエンジンを開発する研究室に5年間在籍しました。大変でしたが、すごく楽しかったですね。
―はやぶさのエンジン開発とはまた楽しそうですね!それがなぜ別の道に?
斉藤: 研究者としての道を歩むためには、どんどんニッチな方向へ進んでいく必要があるなと感じていました。一方で、そうしたニッチな研究が世の中の多くの人に喜ばれるかには疑問があったんです。すると考えるようになりました、「これは果たして自分がなりたかった発明家なのだろうか」と。
―と、いいますと?
斉藤: 就職活動でいろんなベンチャー企業の人と会い、現代における発明家とは、研究者ではなく、起業家のことなのではないかと思うようになりました。そこからは、狭い学者の世界から出ていろんな人と会い、いろんなことを学びたいと思うようになって。フューチャーアーキテクトという会社を経て、現在のフロムスクラッチに転職することになりました。
―なるほど。斉藤さんがフロムスクラッチを選んだのはなぜですか?
斉藤: フューチャーアーキテクトではシステムの要件定義から開発、保守まで幅広くやりました。1ヶ月で何十億単位の取引がある巨大企業のデータを扱い、それを基に「こうすれば儲かる」という提案をするのは非常に楽しかったです。しかしそのまま続けていると出世して管理職になってしまう。もっと直接データを触っていたいという思いが強かったので、転職することにしました。
―そして、最もデータに触れられるのがフロムスクラッチであったと。
斉藤: はい。フロムスクラッチが扱っているデータは非常に魅力的でした。というのも、これまで自分が扱ってきたデータは一貫して過去の蓄積であるビッグデータでしたが、フロムスクラッチではユーザー単位のリアルタイムかつミクロなデータを扱うことができます。さらにそこに対して最適な施策を打つことができる。これは自分のキャリアに対しても有益だと感じましたし、現在行っている「b→dash」の導入開発・サポートも、実際に非常に楽しんで行えています。
「人のためになるモノづくり」をするために、宇宙工学から自衛隊へ
―渡辺さんはいかがですか?
渡辺: 私は東大で宇宙利用工学を専攻し、人工衛星から送られてくる写真の画像解析などを研究していて、とても楽しい日々でした。ただその後、一度自衛隊へと進んだんです。
―自衛隊ですか!それまたどうして?
渡辺: ちょうど就職活動をしている頃に東日本大震災がありました。それを機に、「自分のやっている研究はこんな時にどう役立つのだろうか」と考えるようになったんです。私が福島出身ということもあり、自衛隊の活躍を目にする機会が多くありました。調べていくと、幹部自衛官として入れば、自衛官であっても開発者としてのキャリアがあることを知ったんです。それで「人のためになるモノづくり」を志して陸上自衛隊に入隊しました。
―それでは、渡辺さんも入隊してほふく前進とか過酷な訓練をされていたのですか?
渡辺: はい、自衛隊幹部自衛官であっても、入隊して8年間は部隊に配属され下積みをすることになるので、他の自衛官と交じって、ほふく前進や射撃の訓練をしました。
―体育会系じゃないと、とてもついていけなそうなイメージがありますが…
渡辺: それが意外と大丈夫なんです(笑)なぜなら自衛隊は「人の組織」なので、困っていてもみんなが助けてくれるんです。そういう意味では自衛隊はとても人に恵まれた環境でした。
―人のためになるものづくりは、実際に入ってみてどうでした?
渡辺: まあ、大変でしたね(笑)。自分が志した「人のためになるものづくり」をするにはあまりに遠回りだと感じ、3年でやめることにしました。そこから改めてエンジニア1本でやっていくためにプログラミングスクールで技術を学び直し、その上で入ったのがフロムスクラッチです。
―なるほど。なぜ多くの企業の中でフロムスクラッチに決めたんですか?
渡辺: 「b→dash」の製品ページにあった「マーケターを作業員から戦略家へ」というキャッチフレーズに惹かれたからです。自衛隊時代に、戦略・戦術を決めるにあたり、その前段階の情報収集や集めた情報を地図に落としたりする「作業」の部分があまりに多く、最適な動きがしづらいと感じました。マーケティングの世界にも同様の問題があることは容易に想像がついた。優秀な人が戦略立案という重要な仕事に専念できるようにする、「b→dash」の考え方にすごく共感したんです。
―お3方とも共通して、「世の中のためにどう貢献できるか」という思いを抱き、マーケティングテクノロジー開発に方向転換されたんですね。
井戸端: そうですね。そう思います。
「b→dash」でマーケターを”作業員”から”戦略家”にしたい
―今3人が開発している次世代型マーケティングプラットフォーム「b→dash」について教えてください。
井戸端: 「b→dash」は、各企業がマーケティングを行うにあたり必要になる機能をワンストップで提供するSaaS型のソリューションサービスです。従来、マーケティングに必要なさまざまなシステムは、分析ツールは分析ツール、メール配信はメール配信といったように、いろいろな会社がいろいろなツールをバラバラに提供していました。
それと比べて「b→dash」は、マーケティングに必要な機能を全て1つで有したAll in oneのプロダクトです。データの取得・統合・活用をワンプラットフォームで行い、これまでできなかったマーケティング活動に自由度をもたらします。例えば、どういう人たちに対してどんなキャンペーンを打ったらいいのかという計画を立てるための事前分析、分析結果に基づいた施策の実行、施策結果の分析、次の施策への学び、というPDCAのサイクルを回すことも簡単にできるようになります。
―導入企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
井戸端: コスト削減と売上アップの両方にメリットがあると考えています。
まず、コスト面ではいくつものツールを使うとトータルで月額数百万円してしまうところ、「b→dash」であれば1つだけで済むのでコストを大きく抑えることができます。また現場レベルでも、従来のようにシステム間でデータが断絶していると、実際の分析を行うのにはExcelを使って手作業でデータをつなげるといった手間が掛かっていましたが、「b→dash」を導入することでこうした業務工数を大幅に減らすことができます。
そしてもちろん、「b→dash」というAll in oneのマーケティングソリューションを使うことによって、質の高いデジタルマーケティング施策を実行することができ、企業の売上アップに貢献できると考えています。
―これまで各社がバラバラにしか提供できなかったサービスを、御社がワンストップで提供できるのはなぜですか?
井戸端: データをかき集めるだけであれば誰でも頑張ればできますが、それを実際にマーケティング施策に使うためには、集めたデータを統合しなければなりません。技術的に難しいのはこの統合のところです。弊社ではこの問題をクリアするために、Web上のデータや各企業、各部署が持っているさまざまな情報を統合するためのデータ基盤を最初に作り、さらにそれをどう使えばいいのかという汎用的なデータモデルも作りました。これが「b→dash」を実現できた技術的な理由です。
もう1つは技術以外の部分です。実は「b→dash」を提供し始めたのは2014年11月からで、それまでフロムスクラッチはデジタルマーケティングのコンサルティング会社として活動してきた経緯があります。どうすれば実際に使えるデータになるかは、テクノロジーの知識というよりマーケティングの知識という色合いが強いので、そのノウハウがすでに社内にあったことも大きな要因の一つと言えます。
3人に共通するマインドは、「解法がないなら作り出せばいい」
―人工衛星開発の経験が、現在に役立っている部分はありますか?
井戸端: 「できないと思うことがないこと」だと思います。人工衛星開発ではそもそも「こうすればできる」という解法がないので、方法論から考える必要があります。前世代の衛星の設計図や部品情報を先輩からもらい、何が書いてあるのかを理解するところから始め、手を動かしながら知見を貯める、というやり方が求められます。分からない、知らないところから始まるのが当たり前で、その上でどうやったらできるか考えることが染み付いています。
「b→dash」のデータ基盤を作る上でも越えなければならない大変なところがいくつもあるわけですが、「だからできない」となるのではなく、「どうやったらできるか」と自然と考えられる姿勢は、当時の経験が活きているのではないかと思います。
渡辺: そうですね。私は今、福岡の開発拠点の立ち上げを担当していますが、その仕事は仕組みも何もないところで「こうすべき」を考えて決めていくような作業。まさにゼロベースで考える思考が生きていると感じます。
斉藤: 宇宙開発は制約だらけの世界です。一発で上手くいくことなんてほとんどない。一方でプログラミングは、人間が理解できることなら基本的になんでもできるものだと思っています。宇宙開発に比べればできないことなどない、と自信を持って取り組めている部分もある気がしますね。
―そうしたマインドセットはチームメンバーに求める資質でもあると言えますか?
井戸端: そうですね。何かをやろうと思った時に「それは無理でしょ」という姿勢からだと何にも生まれない。やるという前提で考えられる人であることは重要だと思います。スキルはやる気さえあればあとから身につくものだと思うので。
斉藤: 自発的に動く人じゃないと成り立たないというのはその通りなんですが、僕としては「一緒に面白いことをやろうよ」と伝えたいですね。
「b→dash」を作っていると、日々ワクワクすることがいっぱいあるんです。そうやって何かを面白いと思えば、人間は自然と自分で考えて動くものだと思うんです。自分もこの先もずっとそうあり続けたいと思っていますし、そういう人と一緒に働けたらいいなと思っています。