タブレットを使った小中高向けの学習管理システム『schoolTakt』。開発するコードタクトの代表取締役・後藤正樹氏は、「未踏IT人材発掘・育成事業」で認定されたスーパークリエータであり、現役のオーケストラ指揮者でもあるという異色の経歴の持ち主だ。後藤氏がもつ「2つの顔」は、それぞれにどう影響し合っているのか。コードタクトは、公教育にどんな変革をもたらそうというのか。
代表取締役
後藤 正樹(ごとう まさき)
東京大学大学院総合文化研究科、洗足学園音楽大学指揮研究所を卒業。株式会社コードタクト代表取締役、総務省プロジェクトマネージャー、株式会社スタディラボ取締役を務める。また、指揮者としては琉球フィルハーモニック・チェンバーオーケストラ指揮者、那覇ジュニアオーケストラ常任指揮者、アレグレット交響楽団常任指揮者として活動している。
予備校講師時代に感じた「ただ板書するだけ」の無駄な授業
Q:コードタクトさんが扱っているのは教育×テクノロジー、いわゆるEdTechと呼ばれる分野ですね。
後藤: はい。その中でも特に「公教育」を扱っているが、うちの特徴的なところです。プロダクトはいくつかあるんですが、メインは『schoolTakt』という、小中高校のタブレットやノートPCを使った授業のための学習管理システム。総務省が推進する「先導的教育システム実証事業」に採択されていて、全国300校、児童・生徒数でいうと2万人以上に使われています。
Q:教育系システムはいろいろあると思いますが、その中でも『schoolTakt』は何がすごいんですか?
後藤: 僕自身もかつてそうだったんですが、紙と鉛筆の授業だと、先生に「分かる人?」と聞かれた時に、手を上げても指されなかったり、恥ずかしくて手を上げられなかったりということがありますよね。1クラスに40人くらいいたとしても、実際に参加しているのは発言力のある数人だけ、という状況に陥りがちです。
この構造を変えたいと思って作ったのが『schoolTakt』です。このシステムを使って先生が出題すると、問題は瞬時に児童・生徒側のタブレットに共有されます。逆に生徒がそれぞれのタブレット上で回答を書き込むと、今度はその回答がテレビのクイズ番組のような感じで、先生側のタブレットにリアルタイムに一覧で表示されます。
つまり、『schoolTakt』を使えば生徒全員が授業に参加することができますし、これまでは各自のノートにしか残っていなかったログがクラウド上に残るので、先生は生徒の理解状況をきめ細かく把握できるようになるというわけです。
Q:『schoolTakt』のアイデアはどこから生まれたんですか?
後藤: 僕はもともと予備校で物理を、高校では非常勤講師として受験数学を教えていたんですが、それぞれの現場で課題を感じていました。
まず、予備校の授業は大人数を相手にしますが、講師はひたすら問題の解説を黒板に書くだけだし、生徒もそれをひたすらノートに取るだけで、インタラクションがない。高校の授業は少人数相手でしたが、机間巡視すると生徒は皆、恥ずかしがって自分の回答を隠してしまうんです。
講師側からすると、生徒が正しく理解しているのか、それともただノートを取っているだけなのかが分からない。逆に生徒の立場からすれば、せっかく授業に来ているのに頭を一切使わないで、ひたすらノートを写すのは時間の無駄だという問題がありました。
生徒が主体的に授業に参加して、「分かった」という感情がちゃんと芽生えるようにしていきたいーー。そう思ったのが、『schoolTakt』を構想したきっかけです。
Q:そこからすぐ開発を始めたんですか?
後藤: 当時の自分は大学院の研究で数値計算用のプログラミングをかじっていた程度で、アプリを開発するような技術がありませんでした。そこで、必要な技術をゼロから身につけようと、一度IT企業に就職したんです。
そうして2010年に、「未踏IT人材発掘・育成事業」のスーパークリエータ認定してもらうことができました。それからしばらくは別の会社で働きつつ、週末プロジェクトのようにして開発を進めてきましたが、総務省の事業に採択される条件が法人であることだったので、2015年に会社化し、今に至るという感じです。
主体的に考えてこなかった中高時代を後悔したからこそ思うこと
Q:ゼロから学んで未踏クリエーターに選ばれるというのはすごいですね。後藤さんはその上、オーケストラ指揮者としても活動していらっしゃるとか。
後藤: はい。高校1年から指揮の勉強を始めて、大学は迷った末に物理学科へ進んだんですが、卒業後、もう一度勉強したいと思って洗足学園音楽大学の指揮研究所へ進みました。会社を始めた現在も、毎週土日は指揮者として活動しています。
Q:指揮者であることが開発にも活きているのですか?
後藤: 沖縄にある「琉球フィルハーモニック・チェンバーオーケストラ」という楽団でも振らせてもらっているのですが、そこでは会社のメンバーにも手伝ってもらって、「ITを使った演奏会」という新しい試みをしました。
演奏の音をマイクで拾い、それを周波数に変換してエフェクトをスクリーンに映し出すというもので、専用のアプリも作って、お客さんがリズムに合わせて打楽器のようにアプリを叩くと、その情報も反映されるという仕掛けにしました。
クラシックは、ポップスのように同じメロディをそのまま繰り返すのではなく、少しずつ構造を変えていくように作られています。だから1回聴いただけでは、その構造を理解し、楽しむことが難しい。何回か聴いて、初めてそれがどういうもなのかが理解できるものなんです。
ところが、多くの人はそこにたどり着くまでに寝てしまう。本当に楽しむためには、主体的に聴いてもらう必要があるんです。参加型にしたり、映像で分かりやすく見せたりしたのには、そうやって主体的に楽しんでもらうきっかけ作りという意味合いがあります。
Q:なるほど。『schoolTakt』しかり、主体性がキーワードになっているんですね。
後藤: 僕自身、大学受験に失敗して浪人した経験をしています。その時に、ただ暗記するような勉強ばかりしていて、「なぜそうなるのか」を主体的に考えてこなかった中高時代をすごく後悔したんです。小中高の12年間というのは、人生で一番、物事を吸収できる時期。そこで人生の無駄遣いをしてしまっては本当にもったいない。今の子供たちには、僕と同じような後悔をしてほしくないんです。
物事を学んだり楽しんだりするのには、本来主体性が欠かせない。だから『schoolTakt』は、子供たちに主体的に学んでもらうためのものとして作りました。ITを使った演奏会も、おっしゃる通り、方法が違うだけでやっていることは同じと言えますね。
ちなみに、2017年5月に東京で開催される大規模なゲーム音楽のイベント「東京ゲームタクト」には、指揮者の僕の他にも弊社のメンバーが奏者として出演しますよ。偶然かもしれませんが、社内には音楽が好きなメンバーが多いんです。
多様なメンバーと、主体性を重視したチーム運営
Q:コードタクトのチーム構成、ワークスタイルについても教えてください。
後藤: 現在、社員とフリーランスが半々くらいで、合計20人のメンバーは数人を除いて全員がエンジニア。東京、沖縄、大阪、ドイツの4地域のリモートワークで開発を進めています。リモートでやるのには時差などのデメリットもありますが、それよりもそれぞれが自分の働きやすい働き方、生きやすい生き方をすることの方が優先されるべきと思っているんです。
大企業と一緒にプロジェクトを進めることもあるのですが、そうした時によく感じるのは「無駄なことがたくさんあるなぁ」ということです。だから自分たちは、なるべくそういうことをしたくない。特に開発者は、多少のコストを払えばどこでも仕事ができるようになっているので、その恩恵は受けないといけないと思っています。
Q:チームを作る上で意識していることは?
後藤: ひと言で言えば、多様性を担保することですね。というのも、講師時代の自分の教え子には、後にスタンフォード大を卒業した子もいるんですが、教育現場には一方で、家が貧しくて学校へ行くだけで精一杯という子もいます。だから、教育を扱うサービスをやる以上、社内にもいろいろな価値観を持った人がいなくてはならない。実際、社内にはアメリカの大学に留学していた人もいれば、中学もろくに行っていなかったという人もいます。
今、世界中の教育現場では「生きる力」を身につけさせることが大事だと言われています。これまでのように言われたことだけやるような人は、必要なくなってきているんです。そうではなく、自分で面白いことや新しいものを見つけて、さらにそれを自分で作れることの価値が高まっています。
僕自身は大学院卒ですが、その点で言えば自分は最低だと思っているんです。ちゃんと学者になりたいと思っている人であれば別ですが、ただ大学院まで進むというのは単純にモラトリアム期間が長いだけです。逆に、中学を卒業してすぐに働いていたり、高専に進んでいたりする人は、人生の早い段階で自分の将来を自分なりに考え、意思を持って決断している。それこそが「生きる力」なのではないかと思っています。
結果として、社内には変態的に技術力の高いメンバーが集まったな、と自負しています。例えば普段沖縄にいる弊社のCTOは、Rubyで設計して1枚のボール紙から器を作ったり、解くとりんごにペンの刺さったビジュアルが現れる数式を数時間で考えたり、マインクラフトの仮想空間の中にコンピュータと3Dプリンタを作り、実際に書き出したりということができてしまう生粋の”変態”です(笑)。他にも個性的なメンバーが揃っていると思いますよ。
Q:そうした個性的なチームを率いるのと、オーケストラを指揮するのとで、共通している部分がありますか?
後藤: 一般的に、指揮者はリーダーシップがあって、トップダウンで奏者を引っ張るものと思われているかもしれませんが、実際には違います。そういうやり方をすると、奏者は指揮者に合わせようとして、どうしても主体性が失われてしまう。だから優れた指揮者は、わざと分かりにくい指揮をするんです。そうすることで、奏者はお互いの音を聴きあい、主体的に音楽を作ろうとするんです。
自分が理想とするチーム運営も同じ。メンバーがやりたいと思っていることをいかに見極め、それを引き出せるかだと思っています。強制的に合わせるのではなく、気付いたら合っていた、という状態をいかに作り出せるか。
そのためには結果だけでなく、プロセスを見ることが大事になるでしょう。開発において、実際にプログラムを書くのは全体の数%に過ぎない。残りの部分がどうだったのかについても、ちゃんと見られる経営者でありたいと思っています。
公教育は国の根幹。大企業にはできないスピード感がアドバンテージ
Q:公教育をやるがゆえの難しさ、やりがいはどんなところにありますか?
後藤: ベンチャーで公教育に入るのは、一般的には難しいものとされています。うちが幸運にもそこに入れたのは、最初にその分野で発信力のある先生にファンになってもらえたことが大きかった。それが縁になり、自分は今、総務省の実証事業のアドバイザーも務めています。だから国の動きも分かりつつやれているというところがあるんです。
国をあげた事業なので当然競合も増えてきていて、その中には大企業もいます。ただ、大企業が年に1回くらいしかシステムをアップデートできないのに比べて、うちには平均すると、1、2週間に1度はアップデートするスピード感がある。そこはアドバンテージだと思っています。頻繁に学校へ行って導入研修を行うんですが、そこで得られたフィードバックをすぐに反映できるから、ITリテラシーが低い先生からも「これなら使える」と言ってもらえています。
教育は、全ての根幹となる重要な部分。しかも、公教育は誰もが通る道です。そこに自分たちのサービスが入って使ってもらえる、ある意味で自分たちの思想を反映できるというのは、他の分野にはない大きなやりがいだと思っています。
Q:最後に、今後やっていきたいことについて教えてください。
後藤: 大きく2つのことを考えていて。その1つは海外展開です。最近は海外の展示会やカンファレンスに出て勉強しているのですが、例えば中国では、PM2.5がひどい冬は富裕層は学校を休ませるそうです。すると、オンライン教育が流行ることになるから、そこにチャンスがありますね。自由に議論させる授業が多い海外は、一斉授業にこだわる日本と違って「児童・生徒を管理する」ニーズはあまりないですが、「子供の意見をより吸い上げられる」というアプローチであれば響くのではないかと感じています。
もう1つは、少人数のオンライン教育のプラットフォームという方向性です。世の中のEdTechサービスには、一方には何万人が動画を見て学ぶ大規模なものがあり、反対側には1対1の個別授業があります。前者は値段は安いけれども、拘束力がないからすぐに離脱してしまう。後者は時間制限があり、値段も高い。その中間を作りたいと思っているんです。『schoolTakt』の技術を使えばそれは可能で、すでに途中まで開発も進んでいます。
こうしたことに共感してもらえる人がいれば、ぜひ一緒に仕事がしたいと思っています。技術力や現状の知識ももちろん大事ですが、何より教育分野に興味がある人に来てもらいたいですね。
次回転職ドラフトにコードタクトが参加します!興味のある方はエントリーをどうぞ
(文:鈴木 陸夫)