財政再建中の企業に転職し、失敗しかけた巨額IT投資事業の再建をマネジメントした。具体的には、①著名IT企業に牛耳られている自社基幹システム更新プロジェクト(見積額100億円超え)を新経営陣が納得する運営に修正するため、➁著名IT企業が不可能と断じた課題の打開策を実証して巨額IT投資を成功させつつ、➂既存ITを見直しての業務改革の原資確保と並行し、IT部門の技術者と管理職を再教育しCIOを育成する。
《As-Is》①著名IT企業の時間・費用見積が迷走し当初予算の大幅超過が不可避だが、自社に技術交渉できるIT管理職が不在な上、財政再建を目指す新経営陣にも説明できない。➁移行による課題解決は不可能と断じてスクラップ&ビルドの試行拡大を強く勧める著名IT企業。➂近年のIT技術に明るい技術者を中途採用しても新規テーマに逐次投入するばかりで、従来からの技術者と主な管理職は既存ITの維持に逃避していた。
《To-Be》①財政再建の見地やITの信頼性・可用性という観点から著名IT企業の言いなりから脱却し、基幹システムの更新は新旧経営陣の決済を随時仰ぎながら自社IT部門主導で進める。➁現行の基幹システムが用いている、世界的に稀有なパッケージの移行・活用事例を探し打開策を発見する。➂中途採用した技術者と従来からの技術者を混合チームに再編し、既存の維持保守見直しと管理職の意識改革を並行して進める。
◆マネジメントの方針と根拠
1)プロジェクト成否に対する責任の明確化:従来は経営陣や管理職の責任が曖昧(旧経営陣は技術的に判らないと責任回避、旧管理職は著名IT企業に依存)で、担当技術者は萎縮していた。新旧技術者の活躍には技術面と費用面のPDCAサイクル確立が不可欠と考え、『仮説→検証→見積→決裁(→後日の効果検証)』を徹底した。結果、技術的な確実性は仮説・検証で担保され、費用とリスクは見積・決裁を通じて管理職と経営陣がコミットする構造へ変革し、これを定着させる。
2)既存ITの維持コスト見直しを原資とした人材育成:既存ITの管理・維持に必要な人的資源と時間・費用コストを精査してABC分析し、RFI・RFPを活用して維持コスト低減を測り、これを原資に旧来からの技術者を再教育する講座・教材を手配する。
3)IT業界との技術交流を促す:ERPパッケージやクラウドサービス群のフェア・説明会参加を社用出張として解禁、IT業界と広く浅く技術交流させて、特定のIT企業に依存・癒着させない風土を創る。
◆マネジメント途上での問題や障害
1)プロジェクト成否に対する責任の明確化:新たな基幹システムに求めるMUST/WANT要件が決まらない。要件が決まらないので技術的な仮説立案も実機検証に着手できない。優先順位を求めると『全て最優先』が求める旧経営陣と、時間・費用コスト圧縮を絶対命題とする新経営陣。
2)既存ITの維持コスト見直しを原資とした人材育成:二十数年前に現行基幹システム導入を牽引した古参管理職が、著名IT企業との確執もあって既存ITのABC分析すら参加拒否。旧来からの技術者は古参管理職との板挟みで能動的な活動が制限された。
3)IT業界との技術交流を促す:著名IT企業やMicrosoftの製品は使っているので取り組み易く、ERPパッケージやクラウドサービスのフェア・説明会参加はハードルが高いのか希望者が少なく偏った。
◆マネジメント完遂への工夫
1)プロジェクト成否に対する責任の明確化:新基幹システムの構想に盛り込まれた機能を徹底的に分析して機能要素の因果関係を明確化した。他方、当該機能の実装で実現される業務上の効果と制約を事業部門や経営陣が馴染んでいる表現で整理した。両者を合体して業務効果の星取表に仕上げ、『Aという機能にはBという業務効果があり、実装によりKGI(例えば単月収益率)はCになると事業部門がコミットできるか』を事業部門や経営陣が議論する土俵を構築した。
2)既存ITの維持コスト見直しを原資とした人材育成:「今後のIT部門像」をテーマとしたブレストを隔週で計6回、定時後に開催した。(当然、早出・残業手当を支給)古参管理職を含む全管理職は参加必須だが、若手技術者の聴講・発言も参加自由として、「期限内にIT部門内合意に至るブレスト」のみを会議運用の制約とした。ブレストが終わる頃には、当面のゴールや将来課題がIT部門の共通認識となり、個人に求められる技能や役割期待、その成長過程が具体的に描かれた。結果、新たな開発言語稿習得を再教育講座に加えることで、物作り志向が強い古参管理職のモチベーションが回復しABC分析の精度が格段に向上した。
3)IT業界との技術交流を促す:業務用PC更新を機にMicrosoft社との契約を見直して、購入ポイントに応じたオンライン研修を導入。ポイントの制約からIT部門全員は受講できないため、PC運用の啓蒙や問合せ対応を担当する技術者に優先的に受講させ、社内教育の講師役を担わせた。著名IT企業の教育講座カタログを取り寄せIT部門内で回覧した。流石に充実した分厚いカタログだったが、意外と現行基幹システムや既存ITの維持運用に役立つ講座は品薄で、受講希望者が激減した。ERPパッケージとクラウドサービス、および現行基幹システムの移行時には必須となるデータ連携を担うパッケージに関しては、代表的な企業へ「営業職を講師とした訪問説明会」を依頼し、合計6社の訪問説明会を聴かせた。その後、社外で開催されるフェア・説明会の開催予定がメールで案内されるようになり、出張受講のハードルを下げることができた。
※副次的な効果として、現行基幹システムが用いている世界的にも稀有なパッケージの移行事例は著名IT企業でも発見できなかったのだが、訪問説明会に同席した社外技術者の伝手から欧米での事例を探す道が開け、結果、米国の国土安全保障省(税関・国境警備局,CBP)でのパッケージ移行・活用事例を発見、当該事例を可能としたパッケージの特定に至った。